跳慮跋考

興味も思考も行先不明

解離と自我

(この文章は専門家によるものではなく、健康に関わるどんな判断も以下の情報を参考にすべきではない事をご承知下さい。)

解離性障害は人間の心の最も複雑なメカニズムの一端を垣間見せる。

健忘

解離性健忘では、発症の背景に得てしてストレスフルな環境や重大なライフイベントの発生がある。例えば失恋をきっかけに直近数年間の記憶を喪失、関係する人間から離れて過ごす内に数ヶ月で自然に記憶を回復、といった形の症例でその関連性は明瞭に表れる。

忘却の範囲は専ら自分自身に関わるエピソード記憶(自伝的記憶)であり、場合によっては生まれて以来全ての自伝的記憶にまで及ぶ(全生活史健忘)。一般に「記憶喪失」と呼ばれる状態はこれを指していると言える。一方で手続き的記憶や意味記憶は損なわれず、会話や日常動作には支障を来す事がない。これは次に述べる解離性同一性障害でも同様であり、翻って見れば「自伝的記憶」という区分の妥当性を示しているとも言える。

身体性から中心性へ」で述べた様に心理説(心理的連続性で人の同一性を説明する)を採れば、解離性健忘は「耐え難い自分の一部を切り離す」現象と捉える事ができる。この考えは次に述べる解離性同一性障害に於いて一層の説得力を持つ。

同一性障害

この同一性とは自己の同一性であり、解離性同一性障害(DID)は多重人格とも呼ばれる。DIDもまた自伝的記憶が切り離される病だが、その記憶を持った別の人格が表出する点で大きく異なっている。

深刻な解離に於いては基本的に小さい頃の性的・身体的虐待が背後にある(外傷体験)とされるが、岡野憲一郎は(特に日本では)そうした目に見える外傷だけではなく、葛藤のある親子関係などの「関係性のストレス」からも解離が引き起こされるとしている。

元々の、つまり成育歴の記憶が現実と一致する人格は主人格と呼ばれる。他の人格は交代人格と呼ばれるが、それぞれに独自の名前や成育歴を持つ。子供であったり、性別が違ったり、思慮深く落ち着きがあったり、非常に攻撃的であったりする。通常主人格は交代人格の記憶にアクセスできないが、交代人格は主人格の記憶にアクセスでき、日頃何をしているかも知っている事が多い。

主人格と交代人格の非対称性を考えると、あたかも「エピソード記憶の断片」は決して破棄できず、それを自伝的記憶として持つ者をなくす為に、交代人格へ「他者の記憶として」持たせる事で解決を図ったの如き印象を受ける。ここには自伝的記憶というものの、単なる情報としては捉え切れない存在性が示唆されている。