跳慮跋考

興味も思考も行先不明

視覚イメージ

V1 では網膜像の構造(任意の二点間に距離が定まっている事が本質的であり、数学的には距離空間の構造と言える)をよく保存しているが、それは処理が進むにつれて失われる。

視覚イメージに関して非常に興味深い障害に半側空間無視(hemi-inattention)がある。例えば左脳の損傷によって右側(視覚の入力は視交叉で半分だけ交換される)の視界が認識されなくなるが、これは今まさに見えているものだけが無視されるのではない。想像上の空間の右側さえも無視されるのである。

ピシアッチとルツァッティ(1978*1)は、ミラノ市をよく知っている彼らの多数の患者に、大聖堂に向って東に面している主要な広場ピアッツァ・デル・ドゥーモ(大聖堂広場)に立って記述するように頼んだ。彼らは広場の中央と大聖堂の西の正面を記述した。彼らは彼らの(想像上の)右側の建物だけ、つまり広場の南側だけを記述した。つぎに彼らは、広場に面している大聖堂の段の上に立って、彼らが見たものを再び記述するように命じられた。彼らは広場の中央部の記述を繰り返し、また広場の西のはじにあり、彼らの前にある建物を報告した。しかし今や彼らは、広場の北側(再び彼らの想像上の右側)の建物を記述した。そして以前に記述した南側の建物をあげるのを怠った。

(J・グレアム・ボーモント『増補版 神経心理学入門』青土社、安田一郎訳、p.148)
更に系列の模写を行う課題では、要素内での無視に加えて系列全体での無視も起こりうる事が報告されている。こうした症例は人が視界にある種の「枠」を持ち、注意によってそれが移動する様なイメージを想起させる。

視覚イメージは完全に「図」として保持されている訳ではなく、言語的な符号化の影響を受ける。例えば曖昧で多義的な図形を記憶して再現する(被験者に記憶から手で描いて貰う)実験では、図形と共に名前を与えると、その名前に図形の細部が引き寄せられる効果が見られる。
かといって完全に記号的であるとは言い難く、例えば立体形状を回転させるにはその回転角に比例した時間が掛かる事が知られている(心的回転)。

視覚イメージは様々な概念の理解にも利用される。
音の周波数や物の価格などを「高い」「低い」と表現するとき、これは尺度の大小を視覚的なイメージに喩える事で表現している(概念メタファー)。尺度という概念はまず空間上の位置として獲得され、それが比喩的に他の概念領域(ドメイン)へ利用されていく事で抽象化され完成するのかも知れない(ピアジェ的な認知発達)。

*1:Bisiach, E., & Luzzatti, C. Unilateral Neglect of Representational Space, Cortex, 14 (1978),129-133. 孫引きですいません……