跳慮跋考

興味も思考も行先不明

他者理解

他者の心を理解するシステムを「心の理論」と呼ぶ。この概念はサイモン゠バロン゠コーエンが自閉症を心の理論の不在、「心に盲目である事(Mind-blindness)」として見定めた事から広まった。

サリー・アン課題

バロン゠コーエンが自閉症患者の心の理論について調べる過程で用いた実験の一つは、現在サリー・アン課題と呼ばれるものである。(これは誤信念課題の一種である。)

サリーとアンは最初、同じ部屋にいる。部屋にはサリーのバスケットとアンの箱が置かれている。サリーがビー玉をバスケットに入れる。そしてサリーは部屋の外に出ていき、その間にアンがビー玉を自分の箱に移動する。最後にサリーが部屋に戻ってきて、ビー玉を取り出そうとする。

心の理論 - 脳科学辞典

ここで「サリーはどこを探すだろうか」と質問する。誤ってバスケットの中を探すだろうと予測する為には、サリーの立場からビー玉の移動を知る事ができないと理解している必要がある。

共同注意

心の理論の獲得には「共同注意」が重要とされている。共同注意とは特定のものに対する注意を自分と他者の間で共有する事を指す。これは「自分ー他者ーもの」の三項関係であり、言語表現をグラウンディング(個物との対応づけというラネカーの意味合いが強い)する為に必要不可欠な行為と考えられる。

例えばかなり高い知能を持つチンパンジーでは、他の個体の視線を追う事ができる。しかしヒトの子供では、その後再び相手の方を見て目を合わせる事で三項関係を構築できるのだが、チンパンジーではそれが見られない。「自分-他者」か、または「自分-もの」の二項関係しか存在しないのだ。

こうした比較心理学的研究は、そもそもヒト以外の動物ではコミュニケーションの心理的状況が非常に限られている可能性を示唆する。

人間の概念システムには「基本カテゴリー」と呼ばれる、特に使用頻度の高い粒度のカテゴリーが存在する。例えば道で柴犬を見たとしても「柴犬だ」とか「動物だ」と言う事は少なく、基本的には「犬だ」と言う。こうした基本カテゴリーは、共同注意を構える場面に於いて対象選択を効率的に行う為に有用なのかもしれない。

意図の理解

他者の意図を理解するには、相手の現在の行為からその目的を推測する必要がある。

ジャコモ゠リッツォラッティ等はサルを対象とした実験の中で、偶然に「ミラーニューロン」を発見した。ミラーニューロン(システム)は自分の行動だけではなく、他者の行動を見た場合にも同じ様に活動する。これは即ち「意図→行動」の逆のマッピングを担うシステムだと考えられる。

こうした機能がどの様に実現されているかは明らかでないが、ヒトの生後数ヶ月に亘って見られる新生児模倣(他者の表情を真似する)と同じ様に生得的なものなのではないか、という主張が「ミラーニューロン」の概念には含まれている。

like-meとdifferent-from-me

乾敏郎はlike-meとdifferent-from-meという二つの原理に基づくシステムが他者理解に重要であるとしている。

like-meシステムは他者の行為を自分(の身体)に置き換えて理解し、また共感するもので、上のミラーニューロン等を基盤とする。これは他者との境界を無くし、自他未分離の状態へ向かう。一方でdifferent-from-meシステムは、他者との差異を明瞭にするもので、表面上に現れない様な一連の行動の目的などを推定する。

乾は自閉症患者に於いて、意味のある行為の摸倣ができる一方で意味のない行為の摸倣は困難である事を指摘し、これは他者の行為を自分の身体に対応させるlike-meシステムのみが障害された結果だと説明している。