跳慮跋考

興味も思考も行先不明

エージェントモデル

知能の全体的なモデルはどちらかと言うと工学・産業分野でこそ熱心に探究されていると言ってもよいかもしれない。ここではそうした認識・判断・行動を統合するモデルを「エージェントモデル」と呼んでおく。ソフトウェアの設計思想として「エージェントアーキテクチャ」と言うのが一般的だが、ここでは翻って心のモデル化としての側面に注目する。

C4

特に汎用的かつ包括的なものとして、MITメディアラボの Synthetic Characters Group が考案した「C4」と呼ばれるアーキテクチャがある。(Isla, D., Burke, R., Downie, M., Blumberg, B.: A layered brain architecture for synthetic creatures. In: Proceedings of the International Joint Conferences on Artificial Intelligence (IJCAI)

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(同 Figure 2 より)

C4にはまず感覚(Sensory)と認識(Perception)の分離がある。感覚の時点では入力には何の意味づけもされておらず、意思決定に資さない情報を多分に含んでいる(こうした区別は「事象そのものへ!」という現象学のスローガンを思い起こさせるところがある)。一方で認識の段階では、対象の形状や位置などの情報が階層的に分析される。例えば感覚情報は視覚的であったり聴覚的であったりし、視覚情報には形状や位置があり、認識過程は全体として木構造で表現する事ができる(Percept Tree)。

認識情報はワーキングメモリに保管され、意思決定に用いられる。前のタイムステップでの認識情報との比較からは連続性を検知する事ができ、また未来予測を行う事もできる。これは正にピアジェの言う「物の永続性」の実装と見做せるだろう。予測から外れた事象に出会うとき、人は「驚く」。驚きは何に注目すべきかという問題の重要な手掛かりとなる。

意思決定は行動(Action)の選択である。行動はワーキングメモリの内容と、行動のメタ的情報(ActionTuple)により選択される。ActionTupleは次の情報を持つ。

  • 何をするか(行動の内容)
  • いつするか(行動を選択すべき状況)
  • どれにするか(対象の選択基準)
  • どのくらい続けるか(所要時間、終了条件)
  • どのくらい役に立つか(報酬値)

行動システムはナビゲーションシステムや運動システムとブラックボードを介して連携する。ブラックボード(黒板)は分散システムから来た言葉で、部分問題を解くコンポーネントが黒板に寄って集って並行的に処理を行う。

C4を越えて

C4は十分に包括的なので、「何が重要か」だけではなく「何が足りないか」を問う事にも意義があるだろう。

まず、このモデルの認識システムは時間方向の広がり(延長)を捉える事はできるが、感覚入力が無ければ何も起こらない。つまり心的イメージを扱う事ができず、「想像」ができない。イメージ能力は計画的な行動(プランニング)に必要だろうし、恐らくは本質的な言語理解にも重要となる。

多様なイメージを扱う為には Percept Tree がそれだけ豊かな構造を持つ必要がある。実際C4の Percept Tree は強化学習による精緻化も考慮されているが、それだけでは恐らく十分でない。心的操作を実現する為には、「スキーマと操作」で述べたピアジェ的なスキーマ一般を学習できるシステムが必要となるだろう。

言語を扱う為には、複文を処理する為に再帰的な認識プロセスが必要になる。これは単に記号処理のみならず、感覚情報処理の一般に適用できなければならない。視覚で言えばテレビ画面に映った場面、写真に収められた風景、鏡の中の様子など、入れ子の構造は至るところに存在する。