跳慮跋考

興味も思考も行先不明

脳の新皮質以前

脳は内側からざっくりと脳幹・間脳、大脳辺縁系大脳新皮質に分けられ、外側ほど新しい、つまり後の時代の生物で進化した構造になっている(勿論単純に層が追加されていった訳ではないが)。

部位 機能
脳幹 生命維持・反射
間脳 単純な感覚情報処理
大脳辺縁系 情動・記憶
新皮質 高次認知、思考能力

また脳幹には小脳が接続しており、運動の円滑化を担っている。後述するように運動の計画・命令自体は新皮質で行われており、小脳はその運動を滑らか・巧くする事に寄与している。

新皮質については別に記すとして、ここではそれ以前の古いシステムについて述べる。

間脳

間脳の内で視床下部は摂食、飲水、性行動などの生命活動を担う。例えば動物実験では腹内側核に満腹中枢があり、外側野に空腹中枢がある事が示唆されている。
空腹中枢は血中グルコース濃度の低下などから「空腹である事」を検知し、生物の摂食行動を駆動する。即ち状況の記述(事実命題)をするべき事(当為命題)に変換する、動機付けの中枢と言える。

大脳辺縁系

扁桃体

大脳辺縁系扁桃体(大脳の内側には大脳基底核と呼ばれる構造群もあり、こちらに分類される事もある)は生物としての価値判断を担う。例えば正常なサルではヘビの模型に対して逃避行動を示すが、扁桃体が損傷したサルの場合はそれが消失する。
扁桃体は「それが何であるか」を判断する腹側視覚経路の終着点にあり、快・不快の観点から刺激の価値判断を行い、視床下部の動機付け機構のサブシステム的に働いている。

海馬

大脳辺縁系の海馬は長期記憶(しかし永続的ではない)を担っている。
神経心理学(脳の損傷から心の機能がどう影響されるか調べたりする)で最も有名な患者の一人に H.M. がいる。彼は 1953 年、癲癇の治療の為に脳の両側で海馬の一部を(扁桃体など周辺部位と共に)切除された。癲癇はよくなったが、一方で彼には重度の記憶障害が残った。
即ち、手術前 2 年ほどの記憶が曖昧になる(逆行性健忘)と共に、それ以降は何も新たに物事を記憶する事ができなくなった(前向性健忘)。ただ人との会話や殆どの知能テストは問題なくこなせた。
これは短期記憶(ワーキングメモリ)が正常に機能している一方、海馬の中長期的な記憶機能が喪失し、永続的な記憶(これは新皮質に形成される?)への移行が不可能になった、ただし永続的な記憶へのアクセス自体は失われていない。という状態と考えられるだろう。

またラットの実験からは、海馬に自己の位置を表現する場所細胞が存在すると示されている。場所細胞は一度活性化すると暫く発火が続くが、このタイミングは海馬全体で見られる周期(θリズム)に対して徐々に早くなる(θ位相歳差)。
人間の場合は明確に場所細胞と言うべきものは見付からないが、記憶機能の存在も考えると海馬では、事象の時系列一般を同様な方法で表現している可能性がある。