跳慮跋考

興味も思考も行先不明

心身二元論では私が困る

私は基本的に決定論者だが、物理世界とは隔絶した「魂」とでも言うべきものが意思決定に関わっている可能性も無くはないと思っている。ただそれでは掌上の人工知能を作りたい身としては困るのだ。

量子世界の心身二元論

古典力学のスケールで見れば世界は決定的であり、未来はどこまでも予測できる。賽の目すらもその位置、初速、形状、空気の流れ等々を十分正確に計測できれば計算ができる。(正確な計測には相応の空間コストが掛かるので、本当に十分広い範囲について正確な計測が可能かという疑問はある。)ただしこれは飽くまでも近似された世界だ。

一方で人間の行動を制御する脳は神経細胞で構成され、その動作は Na⁺ や K⁺ イオンの移動によって成り立っている。これらのイオンやイオンチャネルの挙動にそう大した量子的な確率性は無いかもしれないが、発火タイミングの微妙なズレが神経ネットワークのカオス性に増幅されて人間の巨視的な行動に影響を与えないとも限らない。

そうすると、この確率的な(と今までの観測では考えられている)ところに「外側」の世界からの干渉があるという考えも否定する事はできない。
科学的な立場からすれば、見かけ上確率的ならば確率的な事象として扱うべきであり、不必要な複雑さを導入するべきではない。(いわゆるオッカムの剃刀。ただ「科学的」の意味が自明であると考えるべきではない。過去記事参照)これは上記の議論が馬鹿げているという話ではなく、現在の科学の射程外にあると言っているのである。自然科学はいついかなる時も成り立つ理論を追い求めるのだから、訳の分からない「外側」は確率性の中に封じ込めるしかない。確かな知識を得る事の代償として見捨てられた領域はそれなりに大きい様にも思われる。

知能の構成可能性

とはいえ、知能を構築する為に本当に魂か何かが必要なのでは私が困る。「知能は明解で計算可能なモデル化が可能である」というのが私の信条であり、心身二元論の断絶が実在するとすればこれが事実ではなくなってしまう。

ついでに言えば、私はコネクショニストでもない。というか確かに基盤には神経回路があってその存在を意識すべきではあるのだが、個々の機能、特に高次のものは神経ネットワークよりもその機能自体に寄り添った方が簡潔なモデル化に繋がるのではないかと考えている。深層学習で知能的なブラックボックスを作っても理学的には面白くなくて、そういう扱いやすいモデルに落とし込んでこそなのだ。またモデルが複雑でなければ、それだけマシンパワーを要求せず、環境を選ばないで実行できる。AI 自身もその方が窮屈でないだろうし、何より自分の PC で実行できないソフトウェアに一体何の意味があるのか。

まぁそんな訳で、私は脳が科学人の信じる通りに純然たる物質機械である事を期待している。